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zoom RSS 生者への祈り

<<   作成日時 : 2005/04/26 23:50   >>

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Webの至る所で、福知山線脱線事故の犠牲者の冥福を祈る記述を見る。祈りの効力はもっぱら生者に及び、主に祈る当事者、それからときには遺族や犠牲者と親しい者が、その祈りによりいくばくかの平安を得る。むろん祈る者がそのときにそのことを自覚する必要はない。見知らぬ者をただ祈る気持ちは尊いと思う。

自分の思いは、奇妙なことに、おそらくもう生きてはいない若い運転手に向かう。事故原因は現時点でいっさい未確定で、運転に原因があったのかなかったのか知らないし推測もしたくない。ただ、幾度かの勤務上の叱責のあとで、この事故で終わった人生を思うとき、溜息が出る。電車、好きだったんだろうになあと思う。この感情に一番近い言葉を当てはめるなら無常感だろうと思う。きわめて個人的な感情で、だからどうこうというものではない。

「だからどうこう」という意味での思いは、生きている人たちに向く。遺族、負傷者、救助にあたった人たち、マンションの住人、医療従事者。おそらく地獄の日々が続くだろう、事故列車の車掌、運転手の家族、事故対応に追われるJR西日本の社員たち。事故調査にあたる人、そのほか多くの当事者たち。せめて彼らの中からこれ以上の犠牲者が出ないよう、強く願う。どうかあなたの命を身体を大切にしてほしい。

それから、マスメディアに従事する人たちに願う。おれはあなたたちが伝える遺族の声を聞きたくない。あなたたちが事故の責任を負う者を責める声も聞きたくない。あなたたちの活動が他者を傷つける可能性を自覚したうえで、それでもやらなければいけないと思うことを行ってほしい。大変な仕事だと思う。必要な仕事だとも思う。だから願う、どうか真摯に現場と向き合ってほしい。

最後に。鬼の首でも取ったように「運転手はゲーム脳」と見出しを打った夕刊フジに、自分の腹の中のどす黒い感情は呪詛となって向く。いますぐ、この世界から退場してほしい。そこにあるのを見たくない。

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